牛山 榮世先生のご逝去
kazu | 未分類30 12月 2011
信濃教育会教育研究所副所長であり,元附属松本中学校副校長,元生活に根ざす信州総合生活科教育研究会会長の牛山先生が今月なくなった。
松本での告別式に参列してきた。
牛山先生の愛弟子である畔上一康先生も悲しみにうちひしがれていた。
私のような直接,牛山先生と関わりのないものでも,生活総合の大黒柱を失った気持ちは大きい。
今年は生活総合の大御所が次々に旅立たれた。
去年生活総合全県大会を引き受けられた本校の野口校長が2月になくなり,8月には研究所所長の稲垣忠彦先生(東京大学大学院 また,佐藤学先生は愛弟子)がなくなり,今度は副所長の牛山先生。
人の死をこれほどまでに間近で感じ続けた年はない。
先日は,直江寛志先生からお電話…「胸に詰まる思いがあり,℡した」とのこと。
私は,すっかり自分を見失い,酒を飲んでは荒れていた。
ずいぶん,いろいろあった
今年は私は年男だった。
弱い自分が,今一度何をして残りの人生を生きるか…問うてみる必要がある。
つくづく,自分が弱くもろく,頼りない「生き物」だと感じた一年だった。
私は、自分の弱さをみつめることから、逃げようとしてしまうことがたくさんあります。みつめながら、苦しくなって、話がすり替わってしまったり・・・。
ご自身の弱い部分を表に出せる方は、すごいと思います。
自分の弱さを認めて、受け入れていけるようになれたら・・・簡単にいえないですけれど、逃げない自分になれたら・・・と心から願います。
牛山先生の「学びのゆくえ」をお借りして読ませていただいたとき、大きな衝撃をうけました。
「どうすれば、ヤギにとってもっとも幸福なのか・・・」自分にとってのよかれをこどもに押しつけてきた私。結局はこどもを苦しめていたことが自分の中で腑に落ちて、心が大きく揺れたのを思い出しました。今、もう一度自分のありさまを見つめ直す時が来ています。もう一度、丁寧に読ませていただきたいと思います。
心から、ご冥福をお祈りいたします。
周りの方々のお気持ちが長い時間の中で少しも癒えていかれますこと、お祈りしています。
田中先生、由美先生、今年もお忙し中にもかかわらず、いろいろとお世話になることばかりでした。本当にありがとうございました。
皆さんとご一緒にずーと学ばせていただける自分になれるように、来る年も祈りながら過ごします。
先生方のご冥福を心よりお祈りいたします。
先日偶然、牛山先生の「学びのゆくえ」を再び読ませていただいたのですが、何度読ませていただいても心が大きく波立ちます。
私の子どもたちをみる目、明らかに間違っていたと・・・
子どもたちとは全く違う場所に立っていたんだと思うことばかりです。
昨年は、美幸の受験を通して、自分の情けない姿があらわになりました。いかに自分は世間の目を気にしているかがはっきり分かりました。
しかも暗いトンネルから抜け出せないような気になってしまって・・・すぐそこに出口があるのに・・・
そんな時、田中先生、由美先生、そして皆さんと学ばさせていただく中で、「私バカじゃないの。何をみているの?私がみるところは世間ではなく、美幸なんだ」と気づき・・・・
こうして学ばさせていただけることが、どんなにありがたいことか・・・
そして私みたいな人こそ学ばなければいけないと痛感しました。
先ほど、貴也と近くの神社に初詣に行ってきました。
本当はふたりでカウントダウンして初詣に行く予定でしたが、ふたりとも寝入ってしまい・・・先ほど行ってきました。
例年になく星空で、行く時は北斗七星が見れ、帰りにはオリオン座が見れました。しかしもうすでに帰るときには北斗七星が見えなくなっていました。
ほとんどふたり同時に、「今この時、この一瞬を大切に!」
ということなんだろうなーと感じました。
昨年は大変お世話になりました。
本年も皆さまどうぞよろしくお願いいたします。
選択という雑誌の12月号に「土着の権力」と題して信濃教育会のことをこき下ろす文章が載っていた。
世の中の評価と戦う最前線にいらっしゃったからこそ、先生方はお身体壊されたのだと思う。
誰がなんと言おうと揺るがない背骨を持ち続けるには、自分の目と耳と感覚を信じるしかない。
でも、最前線の防波堤を失って、長野県の教育は一体どうなっていくのだろう。不安ばかり感じてしまう。
また学力問題がやり玉に上がってくるに違いない。
あと2時間したらハンガリーに向けて出発します。
しばらく連絡とれませんが、よろしくお願いします。