よめい
yumi | member, yumi15 5月 2012
13日 快晴の青空の下 浅川霊園の一角に父を埋葬しました。
墓石には父が書いた「無」の文字。住職がそれをみてこんな話をしてくださいました。「無と空は同じ事ですね。でも意味は空っぽとか何にもないと言う事ではない。どんな可能性もあると言う事です。今ある形やものにとらわれずにいたらどうにでもなる、そういう事を思います。本当に静さんらしいですね。」
お寺での法要の時はこんな話をしてくださいました。「ある短歌をよんだご夫人の一節に 余命を与命と変えたら楽しからずや(後略)‥と言うのがありましてね、私も年をとってきましたからあとどれくらい生きるとか生きられるとか考える訳です。それが余命。でもそれを与えられた命と思えば今の一瞬をありがたく楽しく生きられるというんです。すばらしい事ですよね。与えられた命を精一杯生きる事ができる。同じ読み方でも、捉え方によって全く別のもにになりますよね。」
法要の後、犀北館での食事のとき兄が「去年からこちらに来て、叔父の葬儀、父の葬儀とある中で思ったのは、本当に良い親戚の皆さんにめぐまれているなあということです。」と言ったのですが、私も心からそう思いました。父方のいとことはほとんど話もしていなかったけれど、今回みんなと話す事ができました。これからもよろしくという気持ちを素直に持ちました。父を送る席は、いつも本当に和やかで皆笑顔です。
昨日小井川小で一日リトミックをやらせていただきました。武井教頭先生ときよみちゃんの不思議な出会いがあり、いろいろなところでのつながりが、本当に与えられたものに思えます。だからどんな事も「享受」〜これも住職がおっしゃった事です〜したいと思いました。
貴重なお話を、わけていただけること、ありがとうございます。
ふーっと深呼吸してさわやかな空気が身体を巡る感じがしています。
この頃職場の同世代の人たちと、憧れの人とか、生き方が美しいと感じる人とか、ガールズトークをしたり、どういう風に自分がこれからを生きたいのか、イメージしていました。
心に決めたことがあると、「本当にそうなの?」という感じで、神様に試されるような事が起きる日々です。
自然の流れに逆らわず、受け入れることができたら。
迷ったら、また戻って、ブログを読ませていただきます。
町田先生の書展で、「睦まじくあるために」の詩の前にじーっといせていただいたとき、書が優しく語りかけてくださいました。
言い方に語弊があるかもしれないですけれど、このところ、職場で言いずらいことを言わなければいけない状況がありました。
でも、書展に身をおかせていただきながら、今私がしていることは、人の心を傷つけたり、自分の心が傷ついたりするようなことではないか。と思いました。
職場で最初に皆で決めた、「こういうことを大切にしていこう」という原点に戻れる方法がきっとある。そんな希望をいただいて帰ってきました。今も模索中ですけれど、上司から「言え!」と言われたことも、「やってみませんか」に変えて、一緒にやらせていただきながら少しずつ考えてみています。なかなか、道のりは遠いです・・・。
書展で、私、素敵だなあ。と思ったのが、額にピタ―っと収まっていない、風を感じる書でした。折り目などがそのまま分かるのは、どなたかに贈られた書かなあ。とか想像しながら、温かい気持ちを頂いていました。
こうしたいなあ、このまま続いていけたらいいなあ・・こう思うことが突然絶たれることばかりです。
今度は奈央がその連続
中学生最後の陸上 思いっきり本気でやりたい、りんちゃんやめばえちゃんと組んでるリレーも目標は全国!って練習してきた そんな矢先に練習中に気が遠くなって動けなくなった
「とても陸上ができる体ではない、貧血の再検査、精密検査を血液内科で受けてください、陸上は明日からやめです。」
内科の先生が話きいてくれて「陸上できるように協力するから」って言ってくれて注射や薬の治療。
いろんな合宿や大会も出られるって楽しみにしてた矢先、今度は足首の捻挫 全治3週間 陸上三昧とはりきってた連休はすべて中止 自分のせいでリレーもだめになってしまったのがどうしても耐えられなくてずっと泣いてた。おまけに私は寛之の風邪もらって由美先生のお父様の書道展もいけなくなった。
なんとか部活でお手伝いしたり、ウオーキング、少し走れるようになってやっと笑顔が戻ったと思ったら、反対の足に疲労骨折の疑いでギブス
どうして?なんで奈央の大好きな、ただただやりたいだけなのに どうして取っちゃうの? かわってあげられるならかわってあげたい何度もそう思った。泣いてる顔見るのつらくて
保育園の年少さんUちゃんはずっと一人で泣いています。先生の誰にも寄り付かずずっと隅で。
そっと近くに寄って何も言わずにただ一緒に座ってるK君
「先生、きっとUちゃんはお母さんに会いたくて泣いてるんだよ」
いつも座ってられなくて友達に乱暴したり怒られることが多いK君は父子家庭
「自分がこうなってはじめて怪我した友達のつらい気持ちわかった、こうなって見えたことってあるんだね・・・」奈央が言ってました。そうなんですね。
与えられた命を精一杯生きる・・・・・
まさにY君のことだと思いました。
Y君は小さい頃からうちの病院に来てくれていて、貴也とは学年は違ったけれどスイミングや野球でよくお会いしました。
そのY君が高校2年生の時、交通事故に遭い意識不明の重体に。とても人ごととは思えなかった・・・・・
誰もがもうだめかも知れないと思うくらい悲惨な事故で、たとえ意識が戻ったとしても一生車椅子生活はまぬがれないとまでいわれていた。
その後、お母さんから、意識がもどったこと、会話ができるようになったことをお聴きしました。
そのY君が、「歯が痛いから診て欲しい」と来院されたのです。
その姿を見てびっくりしました。なんと車椅子ではなく杖をついて歩いてきたのです。おまけにもう一度高校2年生から学び直すために今は高校とリハビリセンターの両方に通っているそうです。お母さんが、「勉強できるようになったんです。数学できるんです。知能は3歳程度までしか回復しないといわれていたのに・・・」と、とってもうれしそうにおっしゃていました。
奇跡です!
いや、必死に生きようとするY君とそれを支える家族の方々の血のにじむような努力の賜物に他ならない。
そしてY君から並々ならない物凄いエネルギー、オーラを感じました。
帰り際お母さんとY君「こうしてせっかく与えていただいた命だから精一杯生きていきたい」とおっしゃっていました。
その言葉、Y君の姿が今でもじーんと胸に焼きついています。