附属長野小公開
yumi | member, yumi27 11月 2016
お疲れさまでした。たくさんの学びがありました。小国先生が「これからですね。田中イズムがここで浸透したら、すごいことだ。楽しみです。」とおっしゃいました。でもそうなるためには、たいへんなことがたくさんあることを肌で感じてきました。
こどもたちが、まじで学ぶ姿を知っているから、なまじなことでは納得できない。まして音楽に対しては妥協できない。音楽の授業のあとで私がこどもたちと先生の意識のずれを話したあとをつないで、久しぶりにお会いした畑中先生が、こどもとのずれと同時に、参会の先生方と原先生の意識のずれを指摘されていました。
原先生はあのあと、どんな事をもちかえったのか、気になるところです。ずれを納得しているのかどうか。先生方との対話という事を予測した場合、それをしていく田中先生のご苦労を思ったら私はちょっとめげるなあ。
田中先生本当にご苦労様でした。12月の手術は心配ですが、ちょっとだけこどもと動物たちだけに目をむけてもいい時ですね。
でも帰り際、齊藤教授がリトミックを授業でやっている須坂豊丘小の日比野先生の研究授業が素晴らしかったと伝えて下さいました。子どもたちから学ぶ、こどもたちの持っている力を引き出す総合もリトミックもわずかな芽を大事に育てていくしかないのですね。
今日はリトミック講師一人とこれから対話できるかどうか‥。一緒にいくアシストやサブの人に高圧的に指導するといって、ここ何年かうわさ話が漏れ聴こえた来たことに対する事に対して、支局長ときちんと話をするためです。私や遠藤先生と組む時は一切片鱗も見せないから余計やっかいです。事実確認と、思いを聴いてきます。
土曜日は貴重な経験をさせていただきました。あんなにたくさんの先生方が学びを求めて集まられる場に行かせていただき、これは、ただ事ではない。と思いました。本当にありがとうございました。
田中先生のご苦労は私などが想像出来る範囲ではないと思います。本当に何と言ったらよいのか。お疲れ様です。ありがとうございました。
長野リトミックのお名前をお借りしたおかげ様で参加させて頂きました。由美先生、本当にありがとうございました。
家に帰ってswimmyの本を改めてみました。10年以上前ですが、英語のswimmyを読んだとき、なんとなく違和感を感じて、私はレオ・レオーニのswimmyより、谷川俊太郎のスイミーが好きだな。と思いました。私はあの時、違和感を誰かと話してみれば良かったです。授業を見せていただいて、ジェームス先生とクラスの皆さんの異文化交流、興味深いと思いました。ジェームス先生の思いも寄らないスイミーの見方を聴くことは、違和感を感じるけれど、自分と違う意見を言ってくれることによって、もう一回、自分でも本当にそれでいいのか?と思たり、違う方角から物を見たりすることが出来る。自分と違う見方や意見を持っている人って大事なんだなあ。でも、きっと、私がそういう場面に遭遇したら、自分を否定されている気がしてカチンと来てしまうかもしれない。そうしたら、土曜日のことを思い出そう。といろいろと思いを巡らせています。
異文化・・・面白いです。例えば、こどもたちはstrongという単語をメンタル面での強さを表現したと思うのですが、英語では身体的な力の強さを意味したり、helpful というのを親切という意味で使ったと思うのですが、実際に手を差し伸べて助ける行動が伴わないとhelpfulとは言いずらい。きっと児童の皆さんも肌で感じている人がいたと思います。私はずっとそういう英語的表現が出来ずに苦労してきたので、また勉強になりました。
自分の心の中で頑張ってみようと思ったことは、違和感をそのままにしないこと。ちょっと勇気を出してみようと思っています。
ピンクのミニブタさんが一心不乱に穴掘りをしていました。ただただ、一心不乱に。そんな姿に余計なことばかりの私は、大事なことだけ見つめてみたいと思いました。
土曜日は大変お世話になりました。
本当に貴重な参観をさせていただきました。
ありがとうございます。
自分に欠けているところがよく見えました。
一生懸命やればいいというものでもないよなぁーとも思いました。
相手を想う、尊重する、寄り添う、共感する、多方面からものを見るなどなどいろいろなことを感じました。
同時に逃げていてはいけないなと実感しました。
自分に問い、振り返る時間をいただきました。
本当にありがとうございます。
あのミニぶたちゃんがあまりにいじらしくて・・・
なんと!ゆめに出てきました。
だめだ!一生懸命ブログ書いてみましたが、なんか変です。気持ちが落ち着きません。結局、自分で動いてみないことには、何の意味も持たないのです。
よーし、11日は当たって砕けてもいいから、とにかくやってみます。