雪の日
yumi | member, yumi27 1月 2012
北部山沿いの皆さま、大雪ご苦労さまです。
こちらは少ないながら、今朝は雪かきにおわれました。家のまわりの雪かきをちょっとして、母の玄関先の雪かきへ。そしてまた戻って念入りに。さらに北長野の駐車場まわりをゆっくり時間かけてやりました。
どこも雪を持っていくところがないので、ずるずると迷惑にならないところに雪を移動させないといけません。そう、父はだいぶ広範囲の雪かきをしていたようです。さすがにそこまではできなかったのですが、汗だくになりながら、思ったこと。
父は地域の人に愛されていたんだなと思っていました。でも実は父はむしろこの地域と人々をこよなく愛していたんだと言うこと。大好きな地域をきれいにする。大好きな地域の人たちが喜ぶ顔が嬉しかったのではないかと。
道行く人が、歩き易いように雪をかく。義務とかじゃなく。だからどんどんかく範囲が広がっていたんでしょう。残念なことに、雪かきしながら出会うのは、皆ほとんどがお年寄りです。30代40代50代のみなさま、仕事もあるし忙しいのはわかるけど、私がこどもの時は大雪ふると大人は暗いうちからみんなで「どかっときましたなあ」なんていいながら雪かきしていて、それから仕事に出かけていました。なんだか大人の成熟度がちがうのかなあ。それとも地域に愛着がないのでしょうか。
せっかくここにいるんだから、できることはやらなくてはね。汗をかいて朝風呂に入り、また汗かいて、さてコーヒー一杯と思っていたら、いつもよりうんと早く一歳のレッスンの子たちがやってきて、ハイテンション!参った参った。まだまだ、できることやれることありそうです。
雪片付けの文面を読みながら,ふと,26年前に受けた教員採用試験の小論文の問題が頭をかすめました。
えーっと何だっけ?なんか有名な人だけど…
要するに,雪が降った。その新雪の中に小さな子どもの足跡が転々と続いている。ああ,私が先に歩き道をつければよかったものを…といったような文面の歌だったと思います。
その文面が1行書かれていて,思ったことを書けという問題だった気がします。
私は問題自体の意味がわからず,とんでもないことを書いていたような…。
あとになって,他の人が試験会場で友だちと話しているのを聴いて,「ああ,今年も試験落ちたな」と思ったことを覚えています。
私たちが小さかった頃,雪道はかんじきで前を歩いて道をつくってくれる人がいました。わざとその道からはずれて「これこれ」なんていわれたり,ありがとうなんていわなかった生意気な小僧だったけど,それは当然じゃなかったのですね。
今,かんじきで踏む側の年になってみて
しみじみ,儲けることじゃなくて,名誉じゃなくて,地位じゃなくて,うーん…
食べていけることで幸せ感じて,あとはできることを下を向いてやっていく…そんな人になりたい
今日は朝から雪下ろしをして,雪片付けをして,久しぶりにこのページを読んでいます。
今日もお世話になり、ありがとうございました。
あれから家に帰ると家の前がすごい雪山になってました。
屋根の雪がいっぺんに落ちたようで・・・
一瞬、唖然。(母から電話がかかってきた意味がやっと分かりました。)
とりあえず荷物だけ置き、貴也と二人でせっせと片付けをするもののなかなか片付かず、はぁーと、ため息をついていたら、ちょうど通りかかった近所の人がすぐ除雪機をもってきて一瞬のうちに片付けて下さいました。
その方、自分の家の前もすごい雪だというのに・・・
本当にありがたいやら、申し訳ないやら・・・
一瞬にして冷えきった心が温かくなりました。
ご近所の方々に少しずつでもお返しできればと思っていますが、実際はお世話になっている方が多いのではと思います。
ほんの小さなことでも自分にできることをしていきたいなぁ・・・
さて明日は一家全員で物置の屋根の雪おろしです。
この雪、春になればすべて消えてなくなるのになぁー。
いつになく春が待ち遠しいです。
昨日のリトミックも、本当にありがとうございました。
大切なことや人のために、自然に身体が動くこと。そういうことってすごいことだなあ。としみじみと思います。
例えば、ご入居者のAさんのことを思うと、心が温かくなります。その方を大切に思うと、その方に関わる周りの方々のことも大切・・・と思っていたはずなのに、なかなかそうはいかない自分がいます。それは、ご家族の問題では。と思うことまで、携帯に娘さんからクレームが入ります。そのたびに、Aさんは、御茶菓子を持って「悪かったねえ。うちの娘、悪気はないんだけど、仕事も忙しかったり、家の事情もあってね。失礼しちゃったね。かんべんね」と涙をこぼしながら来てくれます。
それが、いつしか私には、翔や彩が学校の先生に「いやあ、先生、申し訳ありません。家の母、モンスターピアレンツで・・・」と謝っている姿に見えてきてしまうのです。
職員にはきついAさんの娘さんですけれど、Aさんにはかけがえのない大切な娘さん。娘さんの人柄を嫌だと責めるんじゃなくて、娘さんから出て来たクレームについて皆で考えればいいだけのこと・・・でした。
それが、なかなか出来なくて・・・そんなことが頭にひっかかっていて、ミスドで保育園時代の話しなどをしてしまい、本当にトンチンカンでした。本当にごめんなさい。
ハートネットに来たら、駐車場の雪かきが終わっていました。
「ご入居者が駅のエレベーターまで歩けるように」宿直明けのヘルパーさんがやってくださってありました。
先日のリトミックありがとうございました。
由美先生にお聞きした、はる君のお母さんのお話し。はる君のお母さんとは又違うと思うのですが、私も色々なこと思い出しました。智が生まれてから、お兄ちゃんだからと、お兄ちゃんとしてみていて、たかのこと本当に見ていたかなと思ったことありました。その時はどうしてこうなんだろう・・・の毎日で、この歳になってようやく分かってきたことたくさんあります。だからといってお母さんが悪いというのではなくて、今になってやはり思うのですが、子ども達から教わっていって分かることあります。今までも由美先生、田中先生、皆さんからも教えていただいていることですが、子ども達から気づかせていただいて学ぶことたくさんあります。はるくん、お母さんが大好きで、由美先生も友達も大好きで、リトミック大好きって気持がいつも伝わってきます。お母さんが悪いとかではなくて、私も同じような経験していて、今も迷ったりしながらいますし、皆さん、学ばせていただいている仲間です。川田先生のお話し、教育愛のところですが、思い出しました。『僕よくPTAの会合の時、「お母さん、子どもとどっちが年上だ?」と聞くと「私の方に決まっている、私、23の時産んだんだから」と言う。「じゃあお母さん聞くけれど、子供産む前にあなたお母さんだったかい」と言うと「あっ」と気付いてね「ああ、子供産まれた時に私お母さんになったんですよね」でしょ、だとするとお母さんと子供は、母子の関係では誕生日は同じなんだよ。分かるかい。それ抜きにして、私はお母さんで上なんだから何でも言うこと聞きなさい。文句言わないで。両方とも親子の関係はそこからはじまったんだと考えて、親も母としての学びは第一歩じゃないか。』
はる君やあみちゃん達のリトミックを見させていただいているということは、学ばせていただいている歩みはお母さん方には及びません。泣いたり笑ったり一歩一歩、子ども達と一緒にお母さんも学びながら・・・次の一歩が踏めるということ・・・踏めること、学べること本当にありがたいことだと思います。